朝鮮通信使待遇問題|年表マニア

 
朝鮮通信使待遇問題
1711
正徳期には待遇の簡素化と将軍呼称の変更がされた。この制度改定は新井白石の主導によるものだが、これは従来の饗応、待遇を全面的に変更するものであり、結果として日朝間の外交摩擦に発展する。通信使接遇には一度に約100万両(1両=1石換算で幕府の直轄領約400万石の1/4に相当する)かかるものであり、もともと白石は来日招聘そのものに反対であった点が注目される。しかし当時の老中首座土屋政直が従来どおり来日を招聘すべしと異論を挟んだため、白石も折れた経緯がある。そこで、白石は、「対等」「簡素」「和親」を骨子として、まず待遇を簡素化し、対馬から江戸の間で宴席は赤間関、鞆、大坂、京都、名古屋、駿府の6ヶ所に限定し、他の宿所では食料の提供にとどめることとし、接待には通過する各藩の藩主が出向かずともよいことにした。接待に使用する小道具も蒔絵の塗り膳や陶磁器の高価なものは厳禁した。これらの努力により接待費用を60万両に抑える一方、将軍呼称を再び日本国王に変更した。

wikipedia : 朝鮮通信使待遇問題

朝鮮通信使待遇問題と同時代の元号・天皇・君主
開始 終了 元号(期間)
1704.4.16
1711.6.11
宝永 (7)
即位 退位 天皇(在位)
1709.7.27
1735.4.13
即位 退位 君主(在位)
1709
1712
朝鮮通信使待遇問題と同時代の人物

「-10歳」は生誕10年前/「+10歳」は没後10年/赤字は関連した人物

生年 没年 人名(生涯) 事件時の年齢
1630.12.17
1714.10.5
80歳
1639.12.27
1715.11.1
71歳
1645.1.11
1732.7.22
65歳
1645.1.11
1732.7.22
65歳
1648
1724.11.9
63歳
1651
1714.10.18
60歳
1651.9.16
1716.11.2
59歳
1652
1724.2.7
59歳
1652.9.15
1712.1.8
58歳
1653
1725.1.6
58歳
??
??
??
1654.7.9
1732.9.24
56歳
1655
1714.7.24
56歳
1655.8.28
1715.8.4
55歳
1657.3.24
1725.6.29
53歳
1658
1713.11.13
53歳
1658
1716.7.20
53歳
1658.3.29
1734.9.9
52歳
1658.12.31
1714.12.8
52歳
1662.5.3
1730.2.29
48歳
1662.6.11
1712.11.12
48歳
1663
1743.7.22
48歳
1664
1729.8.22
47歳
1664.6
1739.8.24
46歳
1666.3.21
1728.2.28
44歳
1666.6.18
1720.8.19
44歳
1668
1714.11.27
43歳
1668.6.26
1755.2.16
42歳
1669
1734.5.26
42歳
1669.2.23
1736.8.8
41歳
1670.6.15
1736.8.23
40歳
??
1745.12.3
??
1673
1729.8.9
38歳
1674
1718.10.7
37歳
1677
1752.2.3
34歳
1680.11.5
1747.7.7
30歳
1683.11.12
1759.7.15
27歳
??
1718.1.22
??
1684.11.17
1751.7.12
26歳
1685.10.12
1744.10.29
25歳
1686.1.31
1746.6.4
24歳
1687
1753.6.6
24歳
1691
1756.11.25
20歳
1694.1.15
1761.8.6
16歳
1697.4.24
1769.11.27
13歳
1698.6.19
1769.11.9
12歳
1702.1.14
1737.5.10
8歳
1702.3.3
1773.11.9
8歳
1703
1762.11.29
8歳
1703
1755.10.2
8歳
1706.2.1
1762.9.25
4歳
1709.8.8
1716.6.19
1歳
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